エッセイ 1.

= 雑感に寄せて =

       私の「浜辺の唄」
                
(作詞 林 旧渓  作曲 成田為三

小学校では各クラスで毎日、担任の先生が弾くオルガンの伴奏で歌う時間があり、私の好きなそして得意の時間であった。時間の終わりには私とN子がよく歌わされた。彼女は家にピアノがあり、幼少から個人で習っていた。4年生になると学芸会には必ず出るようになり、5年生ではもういっぱしの学芸会のスター気取りで、主役を張ることも多かった。又音楽の合奏では一人でアコーディオンを担当し、土曜日の下校時はそれを担いで得意顔で町内を歩いて帰り自宅で練習した。その時の曲名は忘れたが、メロディーは今も記憶に残っている。4年生の或る日、放課後砂場で遊んでいると、別の小学校の少年達が数名遊びにやって来て、些細な事で口論となった。彼らは私の頭から砂をかけ、砂が目に入って痛くて泣いた。彼らは逃げるように立ち去った。その時同じ学年のH君が砂場にやってきて、私の話を聞くと黙って校庭から出ていった。彼は学区内の小さな書店の息子で、町内でも有名な腕白坊主であった。翌日、彼は私の教室に来ると「昨日の奴らをあの後町で見つけて、一人ずつ謝らせたから・・」と私に言った。私は泣いた事が恥ずかしくて黙って頷いただけだった。彼とはその後も卒業まで特に話すことも無かった。

地元の中学に上がると卓球部と気象班に入り、部活に明け暮れる毎日であったが、音楽の時間は相変わらず楽しく、ある時音楽の女先生に音楽コースに進んだら・・と言われたが、私は全く頭に無くその話はそれっきりにした。
1年生の秋の文化祭のプログラムで、学年から男女各1名の独唱があると言う話が流れた。女子は例のN子で、彼女の歌は中学校でも知られていた。もう一人の男子は不明だった。内心自分かも・・と密かに待っていたが、結局女先生からは独唱の指名は来なかった。文化祭当日、予定通りN子が「チリビリビン」を綺麗に歌い、続いて男子の登場となった。紹介されて登場したのはあのH君であった。彼が歌を唄うと言う事は想定外であった。やがてピアノの伴奏が始まり、かれは「浜辺の唄」を歌い出した。彼の朗々とした歌声を聴いて私は‘負けた‘と思った。太く響く見事な歌唱だった。以来「浜辺の唄」は私の{人生の一曲}となった。

後年、木下恵介監督・高峰秀子主演の名作「二十四の瞳」の中で旅館の娘役の月丘夢路が、部屋の窓から眼下の海を見ながら歌うシーンは今も瞼に焼き付いている。H君はその後実家の本屋を引き継ぐと、生来の商才と他人を引き付ける人間的魅力で成功し、その後新装なったJR京都駅のステーションビルに出店する大書店の会長となった。数年前の同窓会で会った折、私の合唱活動を話すと羨ましがり、自分も事業を子供達に譲ったら、残りの人生を歌ってみたいと言った。私も彼の「浜辺の唄」をもう一度聴いてみたいと思っている。                    

(終わり)                                  奥村尚久・記

   
                                                      












   今回は奥村さんが素敵な「エッセイ」を寄せて下さいました。

   私自身が小学校の音楽クラブでアコーディオンを弾いていた            

   事と重なり「胸がキュン」となり、懐かしさがこみ上げ、

   当時の思い出を「心の宝もの」として胸を熱くしました。誰

   でもが持っている事かもしれません。皆さんもそんな思い出   

   を文章にしてみませんか。忘れかけていた事があるはず。

   思い出してみては?           柏原三津子・記 

エッセイ 2.

*雑感に寄せて*

加齢の心得

毎年成人の日に集まるサークルOB会がある。そこでの先輩の話。
「加齢とは足し算であって引き算ではない。」

この先輩は3年程前に奥様をなくされた。直後は何にもする気がなかったが半年ほど経って、朝の散歩をはじめたところ、今年96歳になるという大先輩と話すようになり「70歳ならまだなんでもできる」とはっぱをかけられた。

仲間に誘われてジョギングをはじめ、10km、20kmと走れるようになった頃、仲間が湘南国際マラソンに出ると申し込んでしまった。その後の約半年苦しい練習をしたが、完走できた。

別の仲間から写真サークルに誘われ「スナップや観光写真ではなく、自分が何を表現するかだ。」とけなされながら、それでもサークルでの写真展に出品することができた。「体力造りも感性磨きも年齢は関係ない、その気になるかどうかだ。」というのがこの先輩の話を聞いたその場の感想。私達の暗譜もいつ「その気になるか」が勝負なのでは・・・
                               古瀬 武弘 ・ 記



エッセイ 3.

ー雑感に寄せてー      

カワセミとザリガニ
先日、犬の散歩中,田んぼのあぜ道にカワセミがじっと田んぼを見ていました。
何をするのかとじっと見ていたら さっととびこみオタマジャクシをくわえて飛んでいきました。
田んぼの持ち主に話したら「カワセミはオタマジャクシもザリガニを食べているよ}と言いました。
16日の日曜日、湿生公園でザリガニを60〜70匹位つかまえている夫婦がいたので
「何にするんですか。」と聞いたら「フライにして食べるんだよ。」と言ってくれました。
一度食べてみたいですネ。                              記・ 相原 稔

エッセイ 4.

−雑感に寄せてー

新しいスタートへ

77日「あがつま合唱団 第26回定期演奏会」が無事終演しました。
2年の歳月を掛け、一人ひとりが精一杯の努力を積み重ねての挑戦であったと思います。
2
月の合宿から本格的な練習にスイッチが入り特別練習を実施、2日続けての練習は大変でしたが、
先生の音楽に対する情熱と熱心なご指導に応えるべく団結力を維持出来たのではないでしょうか。
途中、不安を抱えての練習が続いた時もありましたが全員の力で乗り切る事が出きました。

まさに「練習は不可能を可能にする!」を実感された方も多かった事と思います。
新しい事への試みや充実したプログラムはお客様にも好評を頂き、今は大きな達成感に満たされています。
そしてここから、また新たな挑戦が始まります。全員揃って、次回の定期演奏会に向けてのスタートです。
演奏の質を更に高め、感動を呼ぶ演奏会になるよう、日々の練習を大切に歌い続けて行きたいと思います。 

 最後に、アンコールの美しいハミングにのせた団長の客席への呼びかけや、2年後の定期演奏会開催の約束、お客様からの「アンコール!」のご声援など大変印象的なステージとなり、あの時の感動は私の大切な思い出となりました。

                        柏原三津子 ・ 記

                                                



第59回定期演奏会後の集合写真2019年7月7日

(^^) 雑感に寄せて        
                                                                                                                

今年最後の広報を作りながら、改めてこんな事が頭を過っています。合宿、定期演奏会、小田原合唱祭、二宮合唱祭と全ての活動に参加出来たことへの感謝と喜びです。
途中不安を抱え苦しい時もありましたが「音楽の力」と「あがつま」ならではの温かい支えの御蔭で続けて来られたと思います。

特に印象深い曲との出会いは昨年の小田原合唱祭での信長貴富氏の「群青」と「お江戸コラリアーず」の演奏です。
「群青」では途中涙が溢れて楽譜が見えなくなりましたが、強いメッセージを受け取り、前を向いて進めるようになったと実感しています。」

今では生活の一部となった「コーラス」続けて行きたいと思います。   2019年師走記                                柏原三津子


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